2014年の年末から2015年の年始にかけて、父と母、姉と私の4人でスペインへ旅行に行きました。
「いつかは」というふんわりした夢になっていたスペイン旅行は、父と姉という強力タッグによってプランがグイグイと推し進められ、聞かされたのはたしか半年ほど前。
私と母は大船に乗った感じで、流されるように行けてしまったスペイン旅行。
私は子どもの頃からサルバドール・ダリという奇怪な画家が好きだったので、嬉しいワケがない。
というか、うちの家族は海外旅行が好き。
ハワイに始まり、香港、イギリス、フランス、ニュージーランド、いろんなところへ行きました。
父が一生懸命稼ぎ、母が家計をやりくりし、できた経験。本当にありがたい。
そして、子どもたちが社会人になるとなかなか行けなくなってしまった家族旅行。
でも復活家族旅行。それもスペイン。
年越しを海外で迎えるのは初体験。
バルセロナだけでなく、マドリッドへレンフェで行ったり、グラナダへ飛行機で移動したり、国内をウロウロするのも私は特に初めて。
そして家族みんなが大好き、サグラダ・ファミリア。
2014年の時点で「あと10年くらいで完成する」と言われていました。
父が「あと10年か。定年退職してるなぁ」
みたいなことを言っていたのを覚えています。
私は「10年後もみんなで完成したサグラダ・ファミリアを見に行こう」と、口にしたのか、心のなかで呟いたのかは忘れましたが、そう思ったことはしっかり覚えています。
まさか、その1ヶ月後に父が亡くなってしまうなんて想像もしていなかった。
それでも、「父さんの骨も一緒に完成したサグラダ・ファミリアへ連れて行くんだ。母と姉と私で行くんだ」と思っていました。
まさか、その6年後に母が亡くなってしまうなんて、想像してなかった。
先日見た番組でサグラダ・ファミリアの特集をしていた。
当たり前だけど10年前よりずっと建築は進んでいた。
あと少しなんだろうか。
この10年でまさかあの場所にいたメンバーの半分がこの世からいなくなってしまうなんて、思ってもいなかった。
サグラダ・ファミリアの前で、ボケリア市場の生ハム屋さんの前で、4人で立っていたのをちょっと前かのように鮮明に覚えている。
あれからいろいろあった。
結婚もしたし、子どもも産んで育てた。
それなのに、あの旅行の日は今日よりちょっと前の出来事。
時間というのはやっぱり単純には測れないのかもしれない。
母を亡くしたあと、姉と約束した。
私たちだけでも完成したサグラダ・ファミリアを見に行こう。
両親がもういないことをふっとリアルに感じた時、寂しく感じた時、なんだかもう全部が嫌になって、今ある場所もこの先の未来も全部どっかに投げ捨てて、何もかも無くなってしまえばいいって思うときがある。
でも、この夢だけは何とか叶えるまでは踏ん張っていようと思う。
この世界に自分を繋いでおく最後の糸だと思う。
完成したサグラダ・ファミリア、父と母の骨は持っていくのかな。
連れて行ってあげたい気もするけど、その前に永代供養しちゃうと手元にないもんな。
そもそも姉と私が両親の分身みたいなものなんだから、私たちが行くこと自体が両親を連れて行くことになるのかもしれないし。
骨は親じゃないか。親だったものか。
もう中身はふわふわ自分たちのそばを別の世界で漂っているのかもしれない。


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